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  • 2007.11.23 Friday
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1945年1月-5

シュルツは人差し指を立てながら「イソロク・ヤマモト、そしてミツマサ・ヨナイ、
さらにあなたの恩師でもある
海軍兵学校校長のシゲヨシ・イノウエにはドイツ駐在武官時代にあれだけ
長く滞在されたのに我ドイツ帝国と日本との同盟に強力に
反対されたのにはとても失望しました。

さらにイノウエはあなたに和平工作の命令を下したようですな。
あなた達は我総統閣下の日本を血を分けたの盟友、いや兄弟と思って
命運を共にする覚悟でおられるのです。」
犬丸はため息をつきながら
「シュルツよ、確かに三国同盟を強引に締結してしまった連中は「我が闘争」に
感銘した奴らが多かったな。

しかし彼らが読んだのは「我が闘争」の和訳本だ。独文で読んだ俺には
はっきりとアジア民族をも抹殺すべしと記述があるのを忘れてはいないぜ。
和訳本ではその部分がすっかり削除されてるんだ。
あれを読んで感動してる日本人は実におめでたいぜ。

盟友? 兄弟だと? 笑わせるなよ。 ヒトラーアメリカの目を太平洋に向けさせたくて
日本を利用しただけだろうが」

立ち上がったシュルツが皮手袋をはめた右手で犬丸の頬を叩いた。
「ここがベルリンなら今の暴言は頼むから死なせてくれと懇願するような
拷問を味合わせてやるところです」

「あのなシュルツお前もどこまでおめでたいんだ。ラジオ聞いてないのか。
ついにドイツの象徴でもあるプロイセンにソ連軍は侵攻したぜ。

お前らの参謀総長グデーリアンがラジオで今朝総隆起せよって叫んでたぜ。

ソ連軍の大反撃は必ずあると警告した参謀総長グデーリアン大将を
総統は必ず解任する。
そうなるとベルリンは目と鼻の先さ、ソ連軍の戦車大隊は凄まじいぜ。
まあ瓦礫の山になるだろうな。
あのドイツ一美しいカイザー・ヴィルヘルム教会は真っ先に攻撃されるだろうよ。
俺は心が痛いぜ。

あのな俺の拷問どころかゲシュタポの建物がどこにあったのかさえ
分からなくなるかもな。

そっかあ、さてはお前ら逃げた来たな」

眉間に血管が青く稲妻のように薄く浮き出てきている。
しかし怒りを飲み込む様にして
「今日はこれぐらいにしましょう。あなた方海軍と我が空軍が何か企んでいるみたいだが
我がドイツは日本だけ助かろうとするのを断固許しません。
これはあなたへ日本への警告です。」と犬丸の傷に手を添えた。

そして続けた。
「イタリアも日本もドイツと命運を共にしていただきます。
また逢いましょう。アウフ・ビーター・ゼーン、グーテン・ナハト」

顎で犬丸を放す様に指示して3人は出て行った。

痛みで傷の事を思いだした。しかし傷は綺麗にステッチしてあった。
出血も収まっている。



1945年1月-4

一体どの位時間が経ったのだろうか。
俺は一体どこにいるのだろうか。
故郷で子供の頃に聞いた水車小屋で聞いた音が
やがてはっきり列車の車輪が線路の繋ぎ目の通過する音だと
認識してきた。
今走っている列車の中だ。

目を開こうとする。持ち上げるように瞼を開いて認識できたのは
まるでまっ白な霧の中に浮かび上がる人影。

6人掛けコンパートメントの犬丸の向かいに座っているいでたちは
ハットにブラックレザーのトレンチコートだ。
両脇にも同じ格好の男が二人犬丸の両腕を抱えて拘束している。
廊下にはさらにもう一人がコンパートメントに入ってこないように
見張っているようだ。

「ヴィーゲーツィーネン?ヘラー・イヌマル」
(お加減いかがですかな?ミスター・イヌマル)と向かいの男が丸メガネの
真ん中を持ち上げながら顔に彫刻刀で刻んだような薄い唇が
小さく笑みながらさらに呟く。
「ヘラー・イヌマル、ロシア語とドイツ語どちらで話しますか?」

「どちらでもいいぜ。どうして俺を知っている?お前は誰なんだ?」と振り絞るように話す。

「少しバイエルンアクセントの素晴らしいドイツ語ですな、驚きましたよ。」
帽子を取ると完全なるスキンヘッドで鷲鼻に乗ったレンズの小さな眼鏡が顔の迫力に
負けてしまっている。
「我々は表向きはリトアニアのドイツ領事館の一等書記官ですが実は
ベルリンのプリンツ・アルブレヒトから来ました。ハンス・クリューガー、と言います」

「ほほう、 Geheime Staatspolizei か。となると国家保安部でソビエト担当なら
顕櫃6班ってとこかい」
顕櫃箸魯泪襯ス主義者、共産主義者、に対する総合保安措置を行う部署だった。

「ヘラー・イヌマル、よくご存知ですね。」

「やっぱりな、それでこれもお前さん方の仕業かい?
何で殺し損ねたんだい。 泣く子も黙るゲシュタポが情けないぜ、ハンス」

「ノイン、ヘラー・イヌマル。あなたの右にいるシュルツは戦前はハノーバー医科大学の
外科医でした。
先月までポーランドに赴任していて多くの心臓手術を手がけ腕に磨きをかけて
いるのです。あなたの心臓の2mm手前で刃を止めても
蚊に刺されたれたほども感じなかったでしょう。」

シュルツが得意そうに
「ペルシャの三日月刃をモデルに極薄の半円刃を作ったんです」

「ほほう、お前あの悪魔の医者、メンゲレの部下だったのか。アウシュビッツで
何人生きたまま解剖したんだ。命を救うよりも殺す方が楽しくなった医者かい」と
犬丸が蔑んだ目を向けた。

シュルツの顔がみるみる硬直してそれを睨みかえす。
「やめろシュルツ、落ち着け」とハンスが制する。

「ヘラー・イヌマル、これは我々からの警告なのです。日本政府や
軍部にも我々ドイツ帝国と同盟を結ぶ事に反対した勢力が
存在した事も知っています。
さらに敗戦直前のドイツと同盟を破棄して和平工作行うために
中野学校が卍部隊と言う組織を立ち上げたのも掴んでいます。」

「一体何の話だ?」
なぜここまで掴んでいるのだ。犬丸は動揺を表情に一切出すことなく
とぼけてみせた。


1945年1月-3

ウラジオストックからチェルビンスクで乗り換えモスクワの
ヤロスラブリ駅まで約9700キロの旅も間も終わる。
速度を落とした列車の車窓はすっかり都会の景色に変わっている。
8日間の旅だったが社内を移動しても顔見知りだらけでやたらと
挨拶される。

廊下に車掌たちが回収したシーツを通路をふさぐがごとく積み上げて
通るのに苦労する。

ヤロスラブリ駅の妙に幅広のプラットフォームに滑り込むように列車は
停車した。

改札出口では長い行列ができていた。行列というよりは人だかりだ。
やっとの思いでホームから駅構内に入る。
ふとポケットに何か入っているのに気づいた。
何時の間に誰が入れたのだろう。
周りを見回すがそれらしい人間は見当たらない。
広げて見ると手書きのロシア語で「タマーラ・カルサヴィナ キーロフ」と読める。
しばらく考える。キーロフとはどこかで聞いた事があった。
記憶を辿れば何か分かりそうだった。
とにかく今は先を急ぐ事にする。

構内に入ると沸き上がるような生活感に覆われていた。
愛嬌のいいコーカサス系の叩き売り。
賭けチェス屋。
乞食や見るからに売春婦と見える婦人。
いかめしい警官。
くたびれた兵士。

数百人を超す行商人たちが布を広げ露店を開いている。
店を開く場所さえない人間は立って手に売り物の靴下や衣類を持っている。
後ろにはズタ袋を抱えて眠り込む子供たち。
生きるための人生模様が凝縮されている。

モスクワ市の駅には行き先の到着地の名前が駅についている。
キエフへ行くにはキエフ駅、クルスクに行くにはクルスク駅にと言う具合だ。
犬丸はレーニングラードを目指すためにレーニングラード駅行きのバスに乗る。
バスと言ってもほとんど座席はなく貨物列車のようだ。

モスクワ市内のコムソモール広場の中央を通って広場の北東部に堂々とした
正面が面したレニングラード駅はとんがり帽子の駅舎がどこか微笑ましい。

バスを降りて毛皮の帽子のシャプカを懐から取り出そうとする
右手に生暖かいドロリとした物を感じた。
よく見るとコートの背中から上着を貫通して数センチ破れて
左脇腹に肋骨の隙間を縫って刃物が達したようだった。
刺された感触は全く無かった。

傷の大きさをチェックする。大動脈や内臓は傷つけていないようだ。
鞄を開け下着を傷にあてがい駅前の日常雑貨店で針と糸と粘着テープと
鋏を買う。

歩くたびに血の赤い後が1mおきに落ちるが気づく人はいない。

とっさには理解できなかったが犬丸は22時発の夜行列車に間に合わせるために
先を急いだ。
ここでもし日本人の俺が病院に運び込まれるとソビエトの官憲の耳にたちまち入り
めんどうな事になる。


切符売り場で寝台コンパートメントの切符を求め3番線ホームに急ぐ。
普段は何でもない陸橋の階段がこんなにも堪えるとは。
下りの階段では転げ落ちそうになるのを必死でこらえる。

ホームではふと足がくじけそうになるのは出血が完全に止まっていないのだろう。
レーニングラード行きの夜行列車「赤い矢号」の
15号車に乗り込みデッキの壁の時刻表を指でたどりチェックする。

停車駅と途中停車駅、停車時間、出発時間を記した物が
ガラスのフレームに納められて貼ってあった。
表示時刻はすべてモスクワ時刻である。

650キロの旅だがウラジオストックからの旅を思えば東京−神戸間ほどだ。
寝台列車なので車窓のからの景色は夜明けまで見ることはできない。
鞄を棚に置く時にうっかり傷が開いてしまったらしくシャツに見る見る間に
赤い染みが広がっていく。

手当てをするつもりが意識が遠のいて行く。一体誰が俺を狙ったのか。
ここで意識不明で発見されてしまえば全ての計画は頓挫してしまう。
薄れて行く波間で意思の力が決して沈まぬように漂う木の葉の様に・・・

1945年1月-2

午前4時半、検札に来た車掌に起こされる。
ちょっとでも空が白みはじめると照明を消してしまうので
切符をポケットから手探りで探す。
シーツも回収していく。
列車は時速六〇キロほどでやったりとひたすら真っ直ぐに走り続けている。
2〜3時間程走っては駅に停車するのを24時間繰り返すのだ。

線路沿いには防雪林と思しき木が植えられているがその向こうには何一つ遮る物の無いない
真っ白な大地の先に地平線が広がっている。

各車両の車掌室前にサモワールという給湯器が設置されており、いつでも熱湯が手に入る。
乗客はこれを上手に利用している。

犬丸も慣れたもので水筒にお湯を注ぎカップに玉露の粉末を入れ喉を温める。

昨晩、停車中にハバロフスク駅の売店で買ったロシアンケーキを取り出し口にする。
前に食べた時は甘くとろける様にうまかったのだがこれはパサパサで甘みがない。
独ソ戦の影響でさとうきび収穫が急激に落ち込んでいたのは報告で聞いていたが
実感したのは初めてだ。

車掌の制服も以前は以前は神々しいロシア帝政の気品さを醸し出していたが
今は薄汚れた軍服姿になってしまっている。

右手に朝日に照らし出された凍った海が出現した。
バイカル湖だった。琵琶湖の50倍の世界最大の湖だ。

しかし見る度に表情を変えるバイカルは一切の水面を出さずまっ平らな
氷の世界だ。


窓ガラスに顔をつけて寝入ってしまった。頬の右側がこわばってしまった。
急激な空腹を感じ食堂車へ行った。

テーブルに一人で食事をしている見覚えのある日本人男性らしき背中が見えた。
横の椅子に置いてある赤茶色の鞄は日本の外務省制式のものだ。

犬丸は近づき肩を軽くたたいた。
「杉原さん、ご無沙汰です」

はっと驚きながら顔がとたんに溢れるような笑顔になった。
「犬丸中佐!こんな所でお目にかかれるとは。」
ナプキンで唇を拭いながら向かいの席を勧める。

犬丸は座りながら
「ヘルシンキの大使館パーティー以来ですね。
奥様はお元気ですか?」

ウェイターにキャビアとボルシチスープをオーダーする。

「ええなんとかやっています。ルーマニア大使館に先月から赴任しまして
今そこに帰るところです。」
杉原の底抜けの豪放磊落さは変わらなかったがどこか表情に暗い影が
よぎったのを犬丸は見逃さなかった。

「ええ、あの事件でお上から依願退官しろとの圧力がすごくて。
あんなに仲の良かった欧州同期会の仲間も口もきいてもらえませんよ。」

事件とはあの5年前のリトアニアのカナウス領事館の事だ。

1940年夏、ナチスドイツに追われていたユダヤ人たちは、
日本通過ビザを求めカウナスの日本領事館に群集となって押し寄せた。
オランダやフランスもナチスに占領された今、

唯一助かる術はソ連から日本を通って他の国に逃げるルート以外無かったのだ。
杉原は群集を代表する5人のユダヤ人代表を選び話を聞いた。

数人のビザなら領事の権限で発行できるが、数千人のビザとなると本国の許可が必要となる。
本国の外務省に電報を打って許可を求めたが、
日本政府は「ユダヤ人難民にはビザを発行しないよう」回答して来た。

一晩悩んだ末、千畝は外務省の命令に背き自らの判断でビザを
無制限に発行することを決断した。

それからおよそ約1か月の間、千畝はビザを書いた。
妻に腫れ上がった右手を氷で冷やさせながら書きに書きまくった。

そのおかげで6000人とも8000人ともいわれるユダヤ人達の命が救われたのだった。
犬丸はその事件をドイツ大使から聞いていた。
大使は「政府のドイツ寄りの外交努力に水を刺し、結果、
外交官としての未来をドブに捨てた馬鹿な男」とあざ笑っていた。

しかしその話を聞いた犬丸はこの大使を殴り倒したいのを拳を握り必死で抑えたのだった。

「多分私は外務省を辞めざるを得なくなるでしょう。でも私は嬉しいんです。
もしあの時、領事館の前の群集を救えた事で60年後には子孫はおそらく
数万人になっているでしょう。彼らの彼らの子孫の人生を救えたと思えば
私の外務省における未来なんて塵みたいなものですよ。
だから、嬉しくって仕方ないんです。」

「杉原さん、私はあなたは真のサムライです。日本国の誇りです。
そして今度は私が多くの日本人を救って見せます。

はっきり言えば日本の敗戦は確実でしょう。秋まではもう持たないでしょう。
そして最終局面でへたをするとこれから終戦まで数十万単位で
命が失われるはずです。」

「犬丸さん、私も思いは同じです。何か彼らを救う方法はあるのですか。」

「ええ、必ずあります。私はこの戦争の和平交渉に命をかけます。
日本という国をソフト・ランディングさせるべく世界中につてを求めて
交渉を成功させます。」

「私にできる事があればいつでも東プロセインの領事館に電話をください。」
と杉原手千畝は手を差し出した。

「はい、このバイカルに誓って」

犬丸はそれを強く握り返した。二人の決意の強さが互いに伝わった瞬間だった。


1945年1月-1

ライ麦パンとミルクだけを一階のレストランで腹に入れ
ナプキンで口を拭ってテーブルの上に置いた。
ウェイトレスの巨漢の中年女性が
「これから西に向かうのかい?半年前にうちの人は徴兵されて
戦死通知と党の慰労金の小切手が届いたよ。たった30ルーブルさ。
あんたね、ヤパーンのあんたはスターリングラードには近づかない事さ。
ナチ野郎との親戚なんだからね。」と言い放つ。

「ああ、分かっているよ。これ少ないがお見舞いだ。」と50ルーブル札を
彼女のエプロンのポケットに入れる。
「スパシーボ、スパシーボ」と拝むように礼を言うと奥に入って
ペトローシュカ人形を犬丸に手渡した。
「この人形がきっとあんたを守ってくれるよ。」
犬丸はそれを受け取り鞄にしまった。
「ダスビダーニヤ」と告げながら帽子の淵の真ん中を軽く下げた。

犬丸はプリモリエ・ホテルをチェックアウトした。
このホテルは偶数の部屋番号だとアヌール湾が見渡せる
絵のような景色が堪能できる。
セーフティーボックスに預けたパスポートをスーツの
胸ポケットにしまう。
しかし政府が発行するこのパスポートは欧米と比べても
どうしてこう不恰好なのだろう。
まるで表彰状を三つ折にしたような大きさなのだ。
かろうじて英語表記はあるものの髭文字のアルファベットだし
日本語表記は全て毛筆書きだ。
入国管理管のいちいち驚く顔を見るのがいやになってきた。

ホテルからウラジオストック駅までは約100m程の距離であったが
氷点下30度という寒さは刃が頬を切りつけるようにこたえる。
敦賀港で出発する前に売店のおばあちゃんに薦められて買った
炭カイロが懐を温めてくれる。

ウラジオストック駅の前に立って茶色の皮の鞄をおろし
手に息を吹きかけつかの間の暖を取る。
見上げたこの駅舎の美しさにしばし寒さを忘れ見入ってしまう。

淡いクリーム色に赤の縁取りがされ、正面入り口の
アーチ状の曲線とグレイの屋根の直線が見事に融合した
建築だ。

駅構内に入るとドラム缶のような大きな薪ストーブがありそこで
大勢の人が手をかざしている。
針金に吊るされた汽車の番号と出発時刻が記されている。
ウラジオストックからチェルビンスクで一旦乗り換えモスクワの
ヤロスラブリ駅までで約9700キロ。
さらに乗り換えプラス650キロのレーニングラードまでの
大陸横断の旅だ。これで4度目の旅になる。

4人用座席のコンパートメントのチケットを買う。
チェルビンスク行きの汽車が出発する4番線に向かうには
線路を跨ぐ陸橋を渡らねばならないがこの陸橋は
屋根が一切無い。
が手すりのライムグリーンに日焼けした銅製の彫刻の
手すりは何度来ても感動する。
しかし今回が違うのは兵士が銃を肩に警備をしているのが
やたら目につくのだ。

スターリングラードでドイツを制し降伏に追い込んだ後、
不可侵条約を破棄して中ソ国境を踏み越えて進出する
兵員輸送に最も重要な役割を果たすのがこの鉄道なのだ。

5号車のステップに台を用意して車掌が切符をチェックする。
進行方向右側の座席だ。
そう、右側だと真冬のバイカル湖が見えるのだ。

悲鳴のような汽笛を上げて20分遅れで機関車が力を
振り絞るようにして各車両の連結器が前方から後方へ
響き渡るように音を響かせたと思うと30輌編成の列車は
徐々に動き始めた。
しばらくすると真っ黒にワックスかけしてある床あたりの座席の付け根
あたりから暖房が僅かに効いてきた。

コートと上着を網の棚にのせネクタイを緩めて窓の
西洋の玄関とも言うべき町並みを眺めながら
頭は先週のモスクワから親友のフェクリソスからの国際電報を
思い出していた。

それは犬丸の元に発信元がフランクフルトとあるが内容を見ると
それはバイロンハイネの詩の一節だった。
バイロンは、ブランク・ヴァ−スという弱強5詩脚の無韻詩で書かれている。
古英語の詩のリズムは、単語の音節とその読みの強弱決まるのだが
弱強5詩脚というのは、弱強のリズムが1行に5個あるが
無韻詩はカプレットのような脚韻を2行毎に行末の音を一致させることである。

良く見ると明らかに文字間隔と音節の間に不自然な間隔がある。
犬丸はその暗号を半日かけて解読した。
「至急来られたし。マリインスキーホール」とあった。

マリンスキーホールとはレーニングラードにある有名なコンサートホールだ。
キーロフバレエの本拠地だ。
わざわざ電報をよこしてこの戦況下でソビエトにバレエ見物でもあるまい。
フェクリソスは電報をここ飯田橋の海軍調査部の犬丸宛に送ってきている。
彼が知っているのは犬丸の海軍兵学校から海軍大学へ進んだ頃までのはずだった。

となるとソビエトは中野学校が軍部首脳部の思惑とは別に太平洋戦争の起死回生の
計画がソビエト側に漏洩してるとでも言うのか。

犬丸はその電報を海軍調査部ソビエト担当の第6課に報告をした。
中野学校上層部から高松宮宣仁親王に伝えられそして指示が犬丸に下るまでに
10時間しかかからなかった。
高松宮宣仁親王は中野学校に命じ、何とか日本の和平交渉の道を世界中に
探らせていたのだった。
「フェクリソスに接触せよ」と言う命令だった。

広大なツンドラ地帯にいつか読んだドクトルジバゴの描写が絵のように浮かぶ。
西の空にの太陽に向かって走るため黄昏がまるで永遠に続くような錯覚に陥る。
この大自然の力に平伏す事無く鉄道を引いた先人の苦労と犠牲を思うと
切なくなるがこれから待ち受けているであろう大日本帝国の行方を
思うと握り締めた拳にさらに力が入る。


NY102

駅のプラットフォームの上を透明なパーテーションが真っ直ぐに通路となっている。
やがて駅に到着したそのままの姿で固定付けされた鉄道会社のアムトラック社の
列車車両スーパーチーフWW2型がある。1930年代後半〜1940年代前半に
走っていた蒸気機関車だ。60年以上経つのに保存状態は完璧だ。
当時としては画期的な超軽量列車エアロトレイン・ジェットカーであったが今見ると
その造形美はまさにアールデコ最盛期のものだ。

機関車に牽引される形の客車の二階部分のガラスドームが会議室に
改造されている。

猛夫がドーム会議室に入り着席するとある種の緊張感が出席している5人の
スタッフにはしる。
「オッケー、レッツ・ゲット・スタート」
それぞれのスタッフの前のノートPCにPDFファイルが映し出される。
照明が落ちスクリーンにPCと同じ画面が映写されている。

特殊工科班のサミュエルが立ち上がってレーザーポインターで
説明をはじめる。

「これが今回のプロジェクトで使用するシュミレーションポッドです。
カリフォルニア州バーバンクにあるBRCイマジネーション・アーツ社が、
開発した最新バージョンのものです。

今までのシュミレーターは窓からの景色が本物そっくりとは言え
やはり程度のいいCG画面という域を出てはいませんでした。
しかしこの最新型のMMG−3型はビジョンに5000万画素の
フルスペックハイビジョンを使用しているのです。

人間の瞳がほぼ自然に感知する画像感覚とほぼ同じと考えてください。
それにより窓から見える宇宙と地球や月の画像はその場に
それらが存在するが如く映しだされるのです。」


サムエルがリモコンで画面を切り替えると動画に切り替わった。
シュミレーターポーッドの外観の映像で油圧式の何本もの足が
ポッドを実際の飛行のを再現するかのように動かしている。

「この様に今までのシミレーターは上下左右にその場で傾けたりして
2〜3Gの重力を再現するのが限界でした。」

サミュエルはさらに次の画面に切り替える。
「これがスプロとシュミレータープログラム会社のエイムズ社と
合同で試作したVMD−56です。
立体的に動くレールの上をシュミレーターポッドが上昇下降を
行います。
急上昇、急下降ができるので実際の宇宙フライトの6〜7Gの
重力を再現できるのです。」

実行工作班のトムがボールペンを握った手を上げて質問する。
「サムエル、君が言う宇宙と地球の画像とある程度の重力は再現できるのは
分かったが、その重力は一時的なもので数秒しか続かないはずだ。

そんな重力ではターゲットに偽宇宙フライトだって気づかれて
しまうんではないのか。」

それに答えようとするサミュエルを制して同じく特殊工科班のベティが
立ち上がった。
「このポッド自体を移動できる様に設計したのです。キャビンとそれを被う画像映写部分を含めても重さは約5トン、大きさは大型リフトで運べるサイズです。

これをポッドのままある場所に運びます。大型のこのポッドを載せて
ブレがなく回転させられる施設があったのです。
サミュエルがそれを見つけた時は感動してしまいました。
それは契約がまとまり次第近日中に報告します。

打ち上げ時の加速Gと大気圏突入時はローターの軸の中心部にターゲットを向かせる位置にセットします。

これで毎分100回転でまで回せば本物と同じGを感じる事ができるのです。」
ベティは得意そうに一気に話して椅子に座った。

猛夫がまだ納得がいかない表情を見せながら発言した。

「フライト中の窓から見える映像、フライト中の旋回の重力の再現、
離発着時の加速Gの再現、はよく分かった。
しかし肝心な事が抜けている。
全フライト中に渡る宇宙空間なら当然あるべき”無重力状態”は
どうやって再現するんだ?

これができなかったらこの計画は何の意味も持たない。
地球上で宇宙に行かないで無重力状態を作り出す、
それができると特殊工科班が言うから俺はこのプロジェクトの
フィジビリティー・スタディーをGOしたんだ。
どうなんだ、サミュエル」

スタッフ達の視線が猛夫から一斉にサミュエルに移った。
少しもうろたえずサミュエルは僅かに微笑みながら
ベティに向かって頷いた。
ベティはPCのキーボードをタッチしてある映像をスタートさせた。

映写されたのはロン・ハワード監督の「アポロ13」の船内シーンの
一部だった。
アポロ13の無重力の船内の様子だ。
主演のトム・ハンクスやピル・パクストンらが空中でトランジスタラジオを
回転させ、ボールペンやサングラスを放り投げ浮遊させて
遊んだり自らが浮いて身体を回して見せたり口噴出した水が
アメーバのように漂う様子だ。

「皆さん、これがどうやって撮影されたか分かりますか?
これはCGではなく実際の映像です。
それも地球上で撮影されたものなのです。」

スタッフの中には身を乗り出して画面を注視しているものもいる。
サミュエルは続けた。画面は切り替わる。

「これはNASAがボーイング727−200型のカーゴ部分でNASAが
宇宙飛行士の無重力訓練を行っている様子です。


それは一定の軌道に沿って急降下することで微重力状態を作り出すのです。
改良を施したボーイング727-200型貨物輸送機は、高度7300メートルから1万メートルまでの高度間で上昇と降下を繰り返します。

飛行機が目に見えない放物線の頂点に達するたびに、機内では
地球の3分の1にあたる「火星」レベルから、さらに地球の
6分の1にあたる「月」レベル、
そして完全な無重力状態が出現するのです。

アポロ13は無重力シーンはそのボーイング727−200の機内にアポロ宇宙船の
機内のセットを組んで撮影したものなのです。

どうです?ここまで言ったら後はわかるでしょう。」

猛夫がサミュエルを人差し指で指しながら
「そっかー!このポッドごとこの飛行機のカーゴに乗せて無重力状態を
作り出すって訳か!」

しかし猛夫はすぐに目は宙に向いて考えていた。
「しかし、待てよ、その無重力状態はずっと続くものではないだろう。
下降する時は確かに無重力状態だが、
上昇するときは地上の1Gより重い重力が働くだろう。
どうするんだ?」

すかさずサミュエルが答える。
「ターゲットには宇宙船は回転してある程度の重力を発生しているので
遠心力による重力を体感する事がある事を予め言っておきます。

さらに上昇時はゆっくりと旋回しながら上昇し降下するときはまっすぐ降下します。
ですからほぼ宇宙空間に近い無重力空間を作り出せるのです。」

トムがすかさず発言する。
「でもそのボーイングだって永遠に飛んでいられる訳じゃないだろう。今回の月の
裏側まで周って帰還するフライトならISSでブースターエンジンと
ドッキングして加速したとしても地球から月を周って帰還するまで
合計で8から9日間はかかるはずだ。
その時間中飛行機が飛び続けられる訳がないだろ。え?」

サミュエルがベティに手をどうぞとでも言うように軽く差し出した。
ベティが立ち上がった。
「いいえ、飛び続けられるのです。空中給油を6時間ごとに行うのです。
それをずっと架空の大気圏突入時まで帰還するまで続けるのです。

このボーイング727−200はポッドを積むにはカーゴがやや小さいので
ロシアのスホーイ76MDKをパイロットごとチャーターし来月初旬に
ワシントンDCのダラス空港に到着してハンガーに格納後
空中給油のアダプターの付け替え工事に整備チームが取り掛かります。

そしてこの飛び続けるエリアは空軍のカルフォルニアのミラマー海軍基地の
訓練域を映画の撮影として10日間借り上げる話になって仮契約を済ませました。
好きなだけ飛び回り上昇下降を繰り返せます。」

トムがヒューっと口笛を吹いた。
猛夫が立ち上がった。
「このプロジェクトに正式にGOサインだ。これでワン・ハンドレッド・ミリオン・ダラー(約120億円)をあのITバブルで調子に乗ってるイノシシから
電光石火でいただいてやるぜ。」


NY−101

厚さ5センチはあるかと思われるファイルの要決済の束が
マホガニーのデスクの左側に積み上げられている。
猛夫は今帰ったばかりでそれらの書類に手を触れたくはなかった。

「おかえりなさいボス、フィレンツエのエノテーカ ピンキオーリの料理は
いかがでしたか?」と秘書のマリーが上着を受け取り隅のロッカーにしまう。

「タリエリーニ 、タリエリーニ 、天使海老とアーティチョークのクレマボラは
かなり美味かった。 」

「えー羨ましいです。マンハッタンのデル・ポストでもかなわない味ですよ。」

「でもなマリー言ったろう、俺は根本はやっぱり和食党なんだぜ。
川向こうのミツワマーケットのパック詰めの肉じゃがの方が100倍うまいんだ。
身体に貧しさが染み付いてしまっているんだな」

「イエスサー、ボス。もう何もいいません。あと15分でプラン「スター・ライナー」の
ミーティングがボスお願いします。それとボーン上院議員がコールバックを明日
くれとの事です。これとこの決済をお願いします。」

すばやくサインを済ませポケットから取り出したハーシーズのチョコバーを振りながら
「今晩のディナーはこいつだぜ」と言いながらミーティングルームに歩いて
行く猛夫の大きな背中をマリーはしばらく見ていた。

鋭く獣のようなパワーで獲物を追うようにビジネスに打ち込むかと思えば
まるで幼い少年のような無邪気な表情を見せるこのギャップに
マリーは仕事以上の感情を必死に抑えようとしていた。





搬入

調査班が収集したビデオに収めた80本以上のDVDで
姿と立ち振る舞いを研究し完全に演じ切る事ができるようになった。

身長は慶子の方がやや高かったが大して気にならない。
身体つきは遥かに美子の方が太っていたし年齢も30歳ほど上であるので
体の脂肪や肌のたるみ、くすみはカムフラージュ班が特殊メークアップにより変身させる。
頬、肩、胸、脇、腰、足の全てにシリコンパックを漂着させ凹凸をシリコンパテで埋め、
人工肌で被う。
これらの作業に3人かかりで4時間はかかる。

スタジオから出てきた慶子はまさに「大村美子」であった。イエローのサンフラワーを
描いたシャネルのワンピースが決まっている。髪はボブカットされネイルアートは
蝶をモチーフとしている。美子愛用のシャネルのサングラスをかけて完成だ。

声は声帯にセンサーICティップを貼り付け慶子の声にICティップの共振装置が
音声を「美子」の周波数に僅かな誤差だけで一致させている。
3年前までは携帯電話の横につける装置であったが今年になって人工皮膚の
内側に貼り付けできるレベルにまで発達した。

シトロエンに乗ってヘリポートまでは10分ほどの距離だった。



外に待機していたシコルスキー・ヘリコプターはプルスイッチをONにしてコクピットの
計器のランプが一斉に光る。
さらにセルモーターでエンジンを回すと唸り声をあげて回転翼がゆっくりと
回転を始めていた。

やがて点火し翼が風を切る音とエンジンが沈み込むような低い音を発する。
ヘリに慶子とスプロのスタッフ二名が乗り込むとすぐに少しホバーリングした後
機体は方向を北東に向け前傾になりながら上昇して行った。

エッフェル塔を左にみながらさらに東に旋回する。凱旋門を中心として
古い街並みを道路が放射線状に走っている。
建物の高さの制限がはっきり定められているので色も形も町全体が
美術館の様である。
慶子はマンハッタンとは全く別世界の景色の美しさに惹かれしばし
自分の使命を忘れそうになってしまう。
今回のアサイメントが終わればシャンゼリゼのフケツカフェでゆったり読書でも
してみようと思った。

都心部を抜けるとすぐにブローニュの緑の木々と河が続く。

ディスクリモン城にそっくりなアロンソ城がヘリの行き先だった。
田園に囲まれ森の湖の中に存在するアロソン城はディスクリモン城と
同じようなロケーションの中に存在し建物も設計図をほぼ共通しているので
ディスクリモン城と見まごう。

20分ほど飛行すると

城の手前で日通のトレーラーの一団が走っているのが分かった。
日通のパリ支店が美術品を日本へ送るためにアロンソ城へ受け取りに
向かっているのだ。

日通は美術品の搬送には世界でもトップレベルの搬送技術を持っている。

ちなみに美術品は一般の荷物と異なり、作品に適した梱包
や輸送が求められる。
重要文化財・絵画・彫刻・古美術など作品は一点物であり、
形や素材が多種多様なうえ、展示目的も企画展・公募展・個展など一様ではない。

美術品の輸送方法には、陸送・空輸・海運があり運送会社はその都度、輸送ルートや作品のコンディションを考慮しながら、運送方法を決める。


日通は昭和26年の「日本古美術展」の取り扱いを皮切りに、これまでミロのヴィーナス、
モナリザ、ツタンカーメンなどをはじめ世界の歴史的遺産を含む美術品の輸送を
数多く行ってきた。


現在は美術品輸送時に「GPS動態管理システム」を導入している。
これは、GPS機能を用いて、車両の運行位置をはじめ荷物室内の温湿度や
美術品への振動度合などをリアルタイムに把握するシステムである。

しかしスプロの工作班は大沢興業のパリ支店から日通のパリ支店への
電話だけをスプロの工作班へバイパスさせた。

大沢興業は日通に美術品の日本への搬送を依頼した荷物の引渡し場所は
ディスクリモン城と発注する。しかしこの電話を受けたのはスプロの
工作班だ。
次に工作班は同じ日時に美術品一式の同じ内容で日通に発注する。
ただし美術品の引渡し場所はオロンソ城を指定する。

すでにオロンソ城にはNY支部で作り上げた贋作がスプロの工作班が
ジュネーブからの陸路で昨日搬入されている。

そして今日ディスクリモン城に本物の美術品を受け取りに現れたのは
日通に化けたSPROの工作班チームたちだ。



NY-100

耳鳴りともジェット機のエンジンとも区別がつかなくなっている。
瞼が少し重いので音だけで自分の脳を目覚めさせてみる。
大西洋の上で何時間眠ってしまったか考えたりする。

ブリティッシュ・エア・ウェイの
機内最前列にいた猛夫はシートを少しだけ起こした。
左側の脇に大きなデスクとまるでシート全体を卵の殻のように被って
くれるこのシートが好きだった。

ブロンドのCAがワインを優雅に少しだけ注ぎ
さらりと興味の視線を投げた。

東洋人やや彫りの深い表情と西洋人の様にがっしりとした体格を紺のブリオーニの
スーツで長身を包んだその姿はゴールドマン・サックスのエグゼクティブにも
見える。立ち振る舞いと服装がかもし出す繊細さとは裏腹に
数々の生死の境目を乗り切って来た者だけが持つジャングルから
抜け出たような野性味を醸し出し、合い違う雰囲気がある種の品格さえ感じさせる。

IBMのシンクパッドを閉じアタッシュケースへしまう。
猛夫は以前は電話やメールに追いかけられないフライトの
時間が唯一右脳を活性化させ宇宙空間に近づける至極の
時間であったのだが文明の発達は衛星による飛行機の
ネット接続により僅かな楽しみさえも奪ってしまった。

ジョン・F・ケネディ空港着陸までまであと40分程のはずだ。
IWCのクロノグラフの腕時計がローマ時間のままだったのを
アメリカ東海岸時間に直す。
猛夫はブリーフケースからもう一度書類を取り出し内容を見直すのと同時に
これから迎える今回のビジネスのスタートに期待と不安の複雑な感慨を味わい
一人で手元のワイングラスを取り心の中で「チェリオ」と呟き窓から見える
マンハッタンの夜景に向かって乾杯をする。


JFK空港のイミグレーションを抜けスーツケースを受け取とり
コンクリートのチューブの様な通路を抜けて空港ビルの外に出る。
到着ロビーには聖歌隊の少年達が「第九」のフィナーレを合唱している。
冷気が頬を打つように凍みてくる。
JFKの空港ビルを抜けるとショーファー(運転手)が迎えの黒いハンビーで待っていた。
猛夫の姿を見つけると弾かれるように飛び出しトランクにサムソナイトの
スーツケースを積む。
後部座席に足を伸ばして沈み込むとラックに入っているウォールストリートジャーナルの
夕刊の政治面だけに目を通し元に戻した。
窓の雨に滲んだ夜景が疲れた心を癒してくれる。

まるで重機みたいなその風貌の車は米軍でジープの後継機種として
採用されたものだ。それが一般車の内装もサスペンションも改造して
ある。以前のソマリアのオペレーションで米軍が撤退時に破棄した物を
迷彩のペイントをブラックに直して使っているが車幅が大きくこの
ハンハッタンではまだ目立つ。


ここち良い疲労が猛の身体を包み込んでいく。

午後9時をまわった頃の雨のワイパーの水滴を払うリズムが振り子のように眠気をさそう。
やがて遠くに暗闇に宝石箱をひっくり返したの如く見える光の粒たちは
ワイパーが雨滴をふき取った後に窓の向こうに見えるのは摩天楼の灯りだ。


マンハッタンブリッジの上からの国連ビルは巨大な城壁の様に美しく迫って来る。
橋を渡り摩天楼の間を縫うようにしてハウストン通りから
35ストリートを壁面一杯にリボンのイルミネーションが美しい売り場面積世界一のメイシーを右に見て西へ抜けると鼓笛隊のドラムの様なマディソンスクエアガーデンが見える。
その通りをはさんで東側に築80年は経とうするペンタホテル。
このホテルはグレンミラーが電話でデンバーにいる恋人にプロポーズし
すぐニューヨークへ呼び寄せる際に連絡先として伝えたのがグレンミラーが
住居としていたこのホテルの電話番号だった。
このエピソードは「ペンシルバニア65000」と言う曲で親しまれている。

その薄暗い地下駐車場に潜り込右に曲がるとそこで突き当たりだ。
運転手がリモコンを操作すると床が下がって行く。
車ごとエレベーターでさらに地下に降りる仕組みだ。

20m程下がると前方のドアが開き、
アーリーアメリカンの駅とホームが地下に現れる。

しかしその吹き抜けのあるフロアーは透明ないくつものパーテーションで区切られ、
発着時刻表の掲示板があったパネルの上には大小様々なモニターが表示され
それはヒューストンのNASAスペースセンターとも見まごう超近代的設備と
1900年代初頭のアールデコが融合したオフィスであった。

新ペンシルバニアステーションは1963年建設された。
グランドセントラルステーションと並んで称される美しい建築物の取り壊しには
多くの市民の惜しむ声が上がった。

新ペンシルバニアステーションの設計者のジョセフ・マクガイアは
何とかこのかけがえの無い美術的財産を
残せないかと頭をめぐらせた末にある事に気がついた。
地上と地下の旧駅の間に意外と深さが100フィート以上あるのだ。
となればこの地上と旧駅との地下空間に新駅を入れ込めれば
旧駅をそのまま温存したまま新駅を建築できるのだ。

ジョセフ・マクガイアはまず線路を上方の新駅につなぎ終わった工事の
後、旧駅を建物を保存するためにコンクリートで全て閉鎖してしまった。
そして時間は流れその事実は関係者からも忘れ去られていった。
40年後、マディソン・スクエア・ガーデンの改装工事業者がコンクリートの
壁を偶然破ってしまった。

報告はすぐにジュリアーニ市長に届くが選挙が真近に迫っていた市長は
自分に取ってマイナス材料と判断し事実を封印し破壊しようとした。

その事実を偶然キャッチした猛夫がマンハッタンで最も荒廃していると
言われるバスターミナルあたりの42ストリートを開発する条件で
旧パンシルバニアステーションをオフィスとして100年の定土借地権と
して契約したのだった。
この駅をオフィスに改造は機密保持と大型ビル内装工事に
実績のある鹿島USAのビリディング&デザイン社に発注したのだった。

体育館のようなオフィスのメインホールの真ん中を真っ直ぐに伸びた通路を
突き当たるとシースルーのエレベータが3階で停まる。
そこが猛夫のオフィスであった。

ここからはガラスを通して150名以上の様々な国籍のスタッフが
世界の政治と経済を分析し各国の支局に指示を発信している。

この組織の業務は発展途上国の特産品や文化を欧米に
紹介、仲介であった。

表向きは・・・・。



リッツ 3-30

スプロのロンドン支局長の高脇研二はタクシーが夕暮れ時のコンコルド広場から
パンドーム広場へ抜ける道が週末の金曜日なので渋滞に巻き込まれ
ややいらついていた。
左手首のブランパンに目をやる。このままだとプレゼンの最終事前チェックを
する時間が30分も取れない事になる。

ふと窓の外へ目をやると彫刻のライトアップが点灯していた。
ナポレオンがエイジプトのルクソール宮殿から奪ったオベリスの塔は
群青色の空の喉元に向かって刃を突きつけているような姿だ。
最近になって金色の文字が装飾されたが迫力はさらに増している。
塔の足元にはペガサスの駿馬がまるで今から始まる高脇の勝負を鼓舞して
いるようにも見える。

やがて狭い路地を通り抜けパンドーム広場から裏手のある

リッツ・カールトンホテルの車寄せでタクシーを降りた。
「ボンソワール、ムシュウ、タカワキ」金色の肩章を付けたドアマンが
ドアを開けてくれる。

何時来ても高脇は思う。世界最古で最高レベルの格式を誇り、175室に対し
従業員500名で運営するホテルは極上のサービスを提供している。
しかしホテルの顔と言うべきロビーがお粗末なのだ。
縦長のロビーはこれは廊下なのかと思わせる程貧相でカーペットも
どこか古臭い。
ココ・シャネルやマルセル・プルーストが住居としていた頃とは時代も違うのか。

ロビーで待ち合わせしているスプロのパリ支局の
浅間と瀬川はもうプロジェクターとPCのセッティングをとっくに終えて高脇の
PDFファイルのDVDを待っているだろう。

豪華な手すりのある階段を地下に降り待ち合わせの「Ritz Escoffier」に
着くと右奥の方から手を上げて合図をしている男達。
高脇は二人にそれぞれ右手を差し出しながら
「浅間君、瀬川君、パリ支局のとの今回の合同プロジェクトはとても
でかい山なんだ。イニシアチブはロンドンが取っているが君らの
力抜きでは成功し得ない計画だ。」

浅間は少し照れながら「ありがとうございます。お仕事ご一緒できて
光栄です。支局の合同プロジェクトは最近増えてきてとても
やりがいがあります。今回の計画の立案は瀬川が書き上げたものです。」

手を振りながら瀬川は「いえとんでもない。ヒントとアドバイスは浅間さんに
頂きましたし細かい手順はNY本部、東京支部、ロンドン支部、パリ支部、
ローマ支部が練り上げてのべスプロスタッフ30名の努力の結晶です。」

高脇は嬉しそうに言った。
「皆の努力に報いるためにも必ず成功させるんだ。」

カフェオレを注文しアタッシュケース中から
これから始まるプレゼンテーションでの最後のチェックを
たっぷり30分かけて行っていた。

パリ支局の二人は
パリのプライベート・バンクの銀行員というカバーストーリーだ。

プライベート・バンクとは日本ではなじみがないが資産家の資産を
預かり運用し運用益から成功報酬を得るファンド・マネージングを
行う投資銀行の事である。


打ち合わせを終え、高脇は二人を連れてロビーから鏡張りの天井の廊下をまっすぐ行きエレベータで二階に上がると
ツゥール・ダルジャンの中にの個室を予約してあった。
スクリーンとプロジェクターの準備はもう済ませてある。
PCにDVDを入れアクロバットを立ち上げる。

猫足のソファーは豪華な雰囲気をかもし出しているが座り心地はどうも固い。
これはアンティーク家具に全体に言えることだが見た目の美しさと
座り心地は一致しないのをいつも不思議に思っていた。



約束の7時を20分過ぎても相手は現れない。
やがて廊下からけたたましい笑い声と足音が聞こえてきた。
ボーイに案内されて入って来た。
一人の年のころは75歳はとうに越えているピンクの派手な服装に
身を包んだ女性。

繊維業界日本第2位の帝国レーヨン創業者、故大橋豊三の夫人の
大橋美子であった。


美子が社長になって経営方針はがらりと変わり、繊維の開発技術で世界的な
評価を受けていたR&D(リサーチ・アンド・デベロップメント)を大幅に縮小し
変わりに土地、株、等のマネーゲームに興じるようになってしまった。

それを止めようとした昔からの社長の金庫番や番頭にあたる優秀な役員を株主総会で解任しクビにしてしまった。
変わりに登用したのは様々な投資会社のハゲ鷹ファンドの出向役員達だった。
アーサー・アンダーセン会計事務所やボストン・コンサルティングのいわゆるエリート達を
高額な給与でヘッドハントしたのだ。
その7人の役員のうちの3人を同席させているのだ。

フォーブスのランキングによると総資産は推定200億以上と言われている。
大橋豊三亡き後の帝国レーヨンを実質支配し本業よりも
消費に生きがいを見出している女だ。

急に予約無しにNYのクリセラーズに訪れた美子の一行は満席だと断られると
全ての客にキャンセル料1000ドルずつ払うから貸切に
しろと店に迫り、誇り高い支配人ががんとして断った。

美子の弁護士からクリセラーズのオーナーに電話が入り
2000万ドルの小切手でレストランを買い取るのにかかった時間は40分そこそこ。
その場で支配人をクビにして、美子の横にいたハンサムなボーイを支配人に任命して
店内にいた客を追い出すのにかかった時間は15分。
翌日にはパリのホストクラブのダンサーにレストランをただで上げてしまった。

ボールルームの中心に大型テーブルをセットさせメニューを眺めた美子は
メニューが読めなかった。
パタンとメニューを勢い良く閉じると全てのメニューを同時に持って来るように
命じた。

厨房では40名のシェフたちが格闘し料理を大テーブルに並べて行った。
75種類の料理が並んだ様はまるでアラブの王族のパーティーのようであった。
美子だけがその全ての料理に眺めるだけ眺め「今日はよそで食べるわ」と
言い残し去って行った。


テレビ局のFrance 3の「20 H 50」という番組が美子を取材した事があった。
パンドーム広場にあるカルティエで一番高いティアラを買いその足で
アレキサンダーブリッジに行きその橋の上からセーヌ川めがけて
投げこんだ。
それはテレビで予告されていたので多くの人間がセーヌ川に飛び込み
リングを探した。
しかし濁った水と流れで500人以上の人間が飛び込んだのにも
関わらずリングは二度と見つからなかった。

美子は正に絵に描いたような浪費癖が病気の女性なのだ。
スプロのターゲットリスト会議に名前が挙がるのに時間はかからなかった。


それぞれの相手と挨拶を交わしながら心につぶやく。
潤沢な金を持つ資産家、それに群がる自称金融エリート達、このメンバーの面々
たちにの泣き顔が見てみたいものだと高脇は思った。

大げさな燕尾姿のウェイターがホワイトレースのついたベネチアングラスの
シャンパングラスにドンペリを注いで下がった。

挨拶が終わり着席後、プロジェクターがスクリーンにシャトーの写真を
映し出した。
高脇が立ち上がり。「本日はお時間をいただきありがとうございます。
先日お話したシャトー・エスクリモンの説明をさせていただきます。」


10世紀にさかのぼるこの城は、数度の再建を経て今日に至っています。
この城の持ち主だったアンヌ・ド・モンモランシーは1560年ごろ、現在のグランシャトーの棟続きにあたるプチシャトーを建て、これが現存する最も古い部分となっております。


それらを彼の外曾孫である大コンデ公がこの城を受け継ぎました。
彼から数えてひ孫に当たるルイ・ジョセフの息子はフランス革命で処刑されたために、コンデ家は終わってしまいました。」

ここまで一気に話すと手元のグラスのビッテルで喉を潤した。

「その後、ジョセフの従兄弟の息子のオーマール公に所有権が移りグランシャトーが建てられ
ました。

この城は16世紀ルネサンスの城そのままのスタイルで残存している数少ない城です。


ルネサンス時代の特に優れた芸術品を所蔵しております。フォンテンブローを作ったニコロ・デルラバーテの弟子がここを設計したため、フォンテンブロー様式を継承しております。

この城の収蔵品は、オーマール公が受け継いだコンデ家のコレクションをはじめ、
父のフランス王ルイ・フィリップ、兄オルレアン公等々のコレクションが蒐集されたために、
その充実した量と質はルーヴル美術館に次ぐとさえいわれております。

シャンティイは、フランスにおけるサラブレッドの中心地といわれるほどで、
ここで調教が行われ、競馬や騎馬猟は今でもその伝統を残しております。
城の敷地の中にはコンデ公の曾孫によって建てられた巨大な厩舎があって、
現在はそこに美術品の多くが保存されております。
その中には14世紀末から15世紀の楽譜の美しい写本も含まれております。」

美子が老眼鏡を鼻にかけのけぞっていた椅子から身を乗り出すようにして見ている。
そう、美子に取って歴史的ウンチクはどうでもいいのだ。
美術品の価値があるかどうかだけなのだ。


高脇は続ける。
「こちらの写真はワトーの作品です。
中間色のグラデーション、デリカシーをもつとされる絵で、「セレナーデの提供者」です。

こちらの写真はフーケの作品です。イタリアからフランスに初めて遠近法を伝えた彼は
1452ー60年作の「エテゥヌ・シャバリエの時祷書」をはじめ、「聖母マリアと聖人の生涯」、「聖ペテロの逆さ吊りの絵」がの3点があります。

こちらはかの有名なラファエロの作品です。20cm四方の小さな世界に美が凝縮された「三美神」です。

そして、ピエロ・ディ・コシモの作品「美しきシモネッタ」。
この絵の彼女はボッティチェルリの「ヴィーナス誕生」のモデルと言う説が美術界では主流です。

このボッティチェルリの「美しきシモネッタ」は日本の大倉製紙の斉藤会長が以前から狙っていたものです。

これはロンドンのサザビーズではとんでもない目玉になるでしょう。

彼女の美しい白い首から胸もとにかけて黒い蛇がまとわりついています。
蛇は不滅を意味しておりますが、なんとも妖美です。

さらにドラクロワの作品「2人のフォスカリ」です。
これはヴェルディのオペラ「二人のフォスカリ」でも有名な絵です。

最後に、こちらがランブールの作品「ベリー候のいとも豪華な時祷書」です。

イタリアの遠近法を用い、当時の詳細な様子を知ることもでき歴史学的にも
貴重な12枚の細密画です。」

美子と役員達は身を乗り出すように見たり必死でメモを取っている。
手元の資料とスクリーンを見比べている。
確実な手応えを感じていた高脇は今までの言葉が相手の頭に
染み込む時間を少しおいてコーヒーを一口飲んでさらに続けた。
高脇は勝負時はアルコールを摂取しない事を主義としている。


 
「こちらの写真は75mもあるというタピスリー、「ダヴィデとパテシバの壁掛け」です。
この絵の中のラッパを吹く「楽師たち」の部分は見事な美しさです。

このタピストリーは、ルーヴル、クリュニー、アンジェ、に分散してしまったもの一つと言われております。

ちなみにこちらの写真はその分散したタピスリーです。
ルーヴルの「マクシミリアンの狩」のタピスリー、

「貴婦人と一角獣」、

アンジェの「黙示録の壁掛け」。
これは現存する最も古い、貴重なタピスリーです。

元々は幅5m、長さ168mありましたが、切断されて76枚が残っておりそれが
分散してしまったのです。

「ヴァロワ王家の宮廷における祝典」を描いたタピスリーは、現在ウフィッツ美術館所有です。
その美術館クラスのタピストリーをこの城は所蔵しているのです。


築年数は500年、中世です。現在までに何度か建て直し建て増しを経て
きました。現在はルー・ルソン・ドアイエ氏の所有です。

こちらがドアイエ氏の経歴とプロフィールです。

翻訳したものが後ろについてございます。」

ドワイエ氏はドワイエ製鉄の8代目の
後継ぎで1960年代にはルノーとプジョー向けの
鉄板圧延板が大きな売上を記録していた。

しかし1980年代になると自動車ブームが一息付き、さらに
近代的オートメーション化した近代的設備の製鉄メーカーに
シェアを奪われ売上が徐々に下降線を辿って行った。

1980年代後半になると経営は悪化し昔ながらの職人を多く
抱するドワイエ製鉄は会社運転資金を調達するために
先祖代々受け継がれてきたこの城を売却しそれにあてる決心を
した。

それで買い手を捜しているところへちょうど住居用の城を探していた
美子にこの商談を紹介したのが高脇だった。

高脇はエイジン社がコンサルとしてこの二人のプライベートバンクが
投資物件を美子のために探しているのをキャッチし予め情報を流しておいた。

さらにこのロンドンのこのプライベートバンクに同じく城を買いたいという
引き合いを東京のスプロオフィスのダミー会社から入れておいた。


約100に渡るスライドを映してみせた。城の外観、お堀、など見事な写真ばかりだ。
小さく男女のモデルも写っている。
パリでのトップファッション雑誌のディペッシュモードの専属カメラマンの腕は確かだった。

夕焼けに染まる城のシルエットは息を飲むほど美しい。
さらに城のリビングのスライドが写った時、美子が言った。
「スライドを止めて!リビングにかかっているあのタペストリーは作家はグルニュー
じゃないの?
それに奥にあるのはあれ、ロートレック?スライドを進めて、
クロード・ワイズバッシュじゃない?すごいじゃない!」
知ったかぶりだが全ては美子のホテルの部屋に特別にパリ支局が制作した
雑誌を仕込んでいたのだ。

高脇は心の中でガッツポーズだった。
「その通りです大橋さま。さすがお目が高い!私などは全くしらなかったのですが
ドワイエ氏はお城と一緒にこれらの家具や絵画や彫刻も全て処分しようとしているのです。
しかしドワイエ氏は実際は経営には精通していてもパリのシャンゼリゼ通り8区のマンションに
住み、この城には住んでいないのです。さらに今ある美術品も15年前に亡くなられた
先代がコレクションされていたものでドワイエ本人はその価値がほとんど分かっていないらしいのです。

本来はお城と家具、美術品は別々にサザビーズやクリスティーズなどでオークションに
かければ高値で売れるのですがめんどくさがりやのドワイエはお城と一緒に込みで
処分したいらしいのです。」

美子はしめたと心の中でほくそ笑んだ。これだけのグルニューとロートレックとクロード・ワイズバッシュは
まず手に入らない。美子は横にいる男性に一言告げると男性は携帯電話をかけた。
どうせサザビーズかクリスティーズのオークションレコード部のマネージャーに
現在の相場を聞いているのは明らかだ。

先週の落札価格はロートレックで日本円で25億円だったはずだ。

スライドを終え部屋の明かりを付け書類を配った。見積もり書と契約書とそれらの
翻訳書だ。美術品の写真とリストと鑑定書だ。
美術品の見積もりはなんと一括だ。これらの名画が一山いくらの見積もりだ。

一通り説明を終えた高脇はプライベートバンクの連中の言葉を待った。
東京はちゃんと仕事をしてくれているだろうか。

プライベートバンクの一人が発言した。
「実はこの物件、東京のある会社からも引き合いがあり来週渡仏すると先日
電話がありました。けっこう目ざといですね。」

美子の表情が変わった。高脇は心の中で大きな手ごたえの快感を味わっていた。
これだからこのビジネスは止められないのだ。





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